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2018年2月 8日 (木)

一青窈

もしかして以前書いたかもしれないけど、
公には18歳~42歳まで東京にいたことになっているけど、
実は2000年に一度秋田に戻ってるんだよね。

当時、どうして秋田に帰ったのか、
今振り返ってもよくわからないんだけど、
おそらく帰るなら早いほうがいいのかな、とか思ったんだと思う。
あと、当時まだ生きてた両親のことも考えて。

でも、想像してた以上に東京と秋田の暮らしのギャップに耐えられず、
半年もしないうちにまた東京に越してしまった。
母の反対も押し切り…。
半ば家出みたいな感じで。
本当に母には申し訳なかったと思う。
もう今更だけどね。自分のことを優先させてしまった。

ただ、東京での就職先のあてもないまま。
後先考えず。なんとかなるだろうと。
お金といっても、ほとんど貯金はなく、
生命保険の借入金をあてにして。
あの無謀さは本当に若いからできたのだけど。

なんでこんなこと書いてるかというと、
当時流行ってた一青窈のライブDVDを見て、
いろいろ思い出してしまった。

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で、上京したのはいいものの、
数か月は日雇いの派遣をしながらの職探しだけど、
なかなか辛いものがあった。
正社員の就職先が決まらないのだ。
そんななか、以前働いてた会社の空きが出て、
社長も新たに面接するのが面倒とかで、
運よく復帰することができた。
本当にみなさんに感謝。

で、当時姉が住んでる板橋にアパート借りて、
そこから細々と借金返して少しずつ貯金もして、と。
よくまぁ、やってこれたなぁと。
姉にもいろいろとお世話になった。

そんなことがあった板橋の日々を
一青窈のDVDを見てたら思い出し、
懐かしくなってきて。
辛かったり、悲しかったり、
いろいろあったなぁと。

今は特に目的も持てず、惰性で生活してる。
2000年に帰るまでの東京生活は楽しくて、
「第2章」と名付けてる2000年以降は
本当にジェットコースターのような毎日で、
それでも充実してた。

珍しく長くなってしまったな。
ビール飲みながら心地よく少し酔ってる。
というか自分に酔ってるね(笑)
そしてもう両親も亡くなってしまった。
心は空っぽ。

そして私的にグっとくる一青窈のおすすめ曲は「翡翠」だよ。
あの頃不安から始まった生活が、
彼女の強がりで危うい世界観とリンクするんだな。

そう、一青窈のコンサートにも行って、
ハナミズキの苗もらった。
秋田に持って来て母に植えてもらったけど、
育たなかった。

そして、一青窈さんご本人にも取材でお会いできて。
ほんと、幸せな東京生活だったな。

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